語り得るものはすべて語り尽くさねばならない

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Darwinism Psychology
(2001年出版書籍の全面改訂版、現在、英語へ書き換え中)

心の謎にすべて答える

 この本は、心理学で扱われるテーマ、愛、勇気、性格、思考、記憶などさまざまな心の謎のすべてに、明解な解答を提示します。それは何なのかという根源的な問いに答える本です。
 この本で列挙された問いのほとんどは、科学的な結論が出ていないものです。それどころか科学的な議論の対象にならず、哲学で議論されているだけのものもあります。そうした最先端の研究テーマを、ダーウィニズム、すなわち生物進化の観点から考察すると、どのような解答が得られるか提示した本が、この『ダーウィニズム心理学』です。
 もちろん、ただ心理学と生物学を研究を紹介するだけでは、心の謎のすべてに答えることはできません。
 そこで登場するのが、ダーウィニズムの観点から生まれた三つの理論です。
 
1.感情のロジック・ツリー理論(系統発達の原理)
2.意識のトポロジカル・ループ理論(四段階の幾何学的構造)
3.言語の意味の身体運動感覚説
 
 感情のロジック・ツリー理論は、この本の最も重要な理論です。
 ヒトが持つさまざまな感情は混沌した曖昧なものではなく、それぞれが進化、発達して分岐し、感情全体としては樹形図の構造を持つという考えです。生物進化、個人発達のどちらでも同じなのはこれは論理関係だからです。すなわち感情の論理構造を提示する理論です。著者独自の考えであり、この考えを発表して十五年になりますが、未だあまり知られていないのが残念なところです。
 意識のトポロジカル・ループ理論は、意識のしくみを機械的な構造で説明する理論です。
 この本では、無生物回路、生物回路、知覚意識回路、思考意識回路という分類を提示します。古代においてアリストテレス荀子が4段階の違いを主張したものの、それがどういう原理に基づくのかについての考察はありませんでした。この理論もこの本独自の考えであるといえるでしょう。
 言語の意味の身体運動感覚説は、1と2の考えの根本にあるべきものです。
 私は1の感情の系統発達の原理を分析したときに、感情を身体行為という観点から整理できることに気づきました。そして、それがあらゆる語彙にも可能ではないかと考え調べると、すでに多数の研究者たちにより類似の指摘がありました。生物学者ユクスキュルの意味のトーン、心理学者ギブソンアフォーダンス、哲学者廣松渉の用在論、論理学者フレーゲの意義などです。言語学における記号論にも類似する考えがあります。

この本の目的について

 この本の目的は、前に述べた3つの理論を主張することにあります。そしてその方法は、アブダクションと呼ばれる、仮説推論の方式を用いています。
 論理思考には大きく3つの方法があるとされます。演繹推論、帰納推論、仮説推論です。
 演繹推論とは、確実な論理を積み重ねて推論する方法です。
 AならBである。BならCである。故にAならCである。
(例)よく勉強すれば成績がよい。成績がよければ大学に受かる。故によく勉強すれば大学に受かる。
 帰納推論とは、広く一般の出来事を集めてそこから共通する点を取り出して法則化するものです。
 CのときAはBだった。DのときAはBだった。EのときもAはBだった。故にAはBであるに違いない。
(例)数学で彼は成績がよかった。英語でも彼は成績がよかった。物理でも彼は成績がよかった。彼はどの科目も成績がよいに違いない。
 仮説推論とは、最初に仮説を置いて説明する方法で、科学的発見の推論法と考えられています。
 AならばBはCである。AならばDはEである。AならばFはGである。事実BはCだったし、DはEだったし、FはGだった。故にAは正しいに違いない。
(例)彼が賢ければ数学の成績がよいだろう。彼が賢ければ英語の成績がよいだろう。彼が賢ければ物理の成績がよいだろう。事実、彼は数学、英語、物理の成績がよかった。彼は賢いに違いない。
 仮説推論では、説明すべき範囲において、事実に合致することが多ければ多いほど信頼性が増します。
 この本で示される上記3つの仮説は、心全体に関わる理論です。ですからこの本は、その信頼性を主張するために心のすべてを扱います。「語り得るものはすべて語り尽くさねばならない」のです。

本の構成

 図1は、脳の各部分のつながり方を示した図です。脳とは配線のかたまりで、この図ではだいたい時計回りに信号が流れています。
 図2は、感情が分岐、成長する手順を示した図です。縦に線が長いものほど古い感情で、上から下に時間が進んでいます。
 第1部では、記憶、言語、論理の種類としくみについて述べます。記憶のしくみを知ることで、記憶の効率化についてのヒントを得ることができます。また、言語のしくみを知ることは、外国語学習に役立つでしょう。論理のしくみを知ることは、物事を正しく理解し、真実を見抜く技術を得ることができます。
 第2部では、感情のしくみとその進化発達、性格などについて述べます。人間の行動について理解することができます。
 第3部では、意識と心、生や死など根源的な問題について述べます。哲学的問題に解答するだけでなく、最もスケールの大きな思索が繰り広げられます。
 学問の種類で分類すると、Q1からQ10は、神経科学、認知科学、Q10からQ28は、分析哲学認知言語学、科学哲学、論理学、Q29からQ78は、進化心理学発達心理学社会心理学、Q79からQ81は、性格心理学、Q82は性格心理学、臨床心理学、精神医学、Q83からQ85は、生物学、進化論、神経科学、Q86からQ99は、神経心理学、認知哲学、Q100とQ101は、物理学、認知哲学で研究されているテーマです。
 この本は、ダーウィニズムを基礎とした論理的な推論を展開し、それぞれの研究に対して数多くの新しい考えを提唱しています。しかし、科学的研究に不可欠である証明実験はなく不完全なものです。今後、研究者による科学的な検証が行われることを期待しています。

この本の由来

 この本は、1998年フーコー研究論文コンテスト最優秀作『7つの記憶、7つの感情』の出版作である、2001年の『ココロを動かす技術、ココロを読み解く科学』の最新改訂版になります。
 前著は広範な内容を扱っていたため、何が言いたいのかわかりにくいという意見が多くありました。そこでこの本では、主張をわかりやすくするためにQ&Aの形式にしてあります。個々のページで言いたいことは、Q&Aの内容そのものです。本全体で言いたいことや、この本はなぜ書かれたのかなども、誤解が生じないようにここに述べておきました。
 大事なことなので二度言いますと、1.感情のロジック・ツリー理論、2.意識のトポロジカル・ループ理論、3.言語の意味の身体運動感覚説、この三つを提唱するのがこの本を執筆した目的です。
 またこの本では、心に関する基本的な部分についてのみ答えることとしました。個人が集まった社会の問題、例えば、芸術、差別、神、いじめ、犯罪、国家、戦争、経済なども心に関する重大な問題ではありますが、この本の内容から解いていくことができる派生的な問題なので、割愛してあります。

 **Preface. Whereof one can speak, thereof one must speak completely.

脳の回路図

脳の回路図


                       ┌──────感覚連合野───────┐     
                       │    ┌────側頭連合野───┐│
       ┏━━━━┓ ┏━━━━━━┓ │┏━━━━━┓          ││     
    ┌─→┃ 目  ┃→┃ 視覚野  ┃─→┃視覚連合野┃          ││     
    │  ┣━━━━┫│┣━━━━━━┫ │┗━━━━━┛ ┏━━━━━━━┓││───┐ 
    ├─→┃ 耳  ┃→┃ 聴覚野  ┃─────────→┃聴覚連合野  ┃││──┐│ 
環境情報┤  ┣━━━━┫│┣━━━━━━┫ │    └──┐┃ウェルニッケ野┃││  ↓↓ 
 ↑  ├─→┃皮膚・舌┃→┃体性感覚野 ┃┐│┏━━━━━┓│┃       ┃││←┏━━━┓
 │  │  ┣━━━━┫│┣━━━━━━┫└→┃頭頂連合野┃│┗━━━━━━━┛││←┃海馬 ┃
 │  └─→┃ 鼻  ┃→┃ 嗅覚野  ┃ │┗━━━━━┛└─────────┘│ ┗━━━┛
 │     ┗━━━━┛│┗━━━━━━┛ └──────────────────┘  │↑
 │           └┐     │ ┌┘       ↑↑ ↓↓       ││ 
 │            ↓     └─↓───────→┏━━━━┓←──┐  ││ 
 │          ┏━━━━┓┏━━━━━┓      ┃扁桃体 ┃   │  ││ 
 │          ┃ 小脳 ┃┃大脳基底核     └┐┗━━━━┛   │  ↓│ 
 │          ┗━━━━┛┃     ┃│思考のループ│  │ └──→┏━━━━┓ 
 │   行為のループ  │    ┗━━━━━┛└───┐    │  ┌──┃視床下部┃ 
 │   (無意識)   │   ┌─┘  ↓          ↓  │┌→┗━━━━┛ 
 │           ↓   ↓ ┏━━━━━━┓ ┏━━━━━━━┓ ││   ↑↓   
 │    ┏━━┓  ┏━━━━┓ ┃ 運動連合野┃→┃       ┃←┘│┏━━━━━┓ 
 環境←──┃筋肉┃← ┃運動野 ┃←┃  前運動野┃ ┃ 前頭前野  ┃──┘┃自律神経系┃ 
      ┃  ┃  ┃    ┃ ┃ ブローカ野┃←┃       ┃   ┃ 内分泌系┃ 
      ┗━━┛  ┗━━━━┛ ┗━━━━━━┛ ┗━━━━━━━┛   ┗━━━━━┛ 

 私が提唱する第一の理論が「多重ループ理論」である。 

 心を、情報のループ回路(再入力回路、閉回路)の束として解き明かすのである。
 心においては、情報こそが本質であり、物質は副次的なもので、原理的には物質を交換することさえできるものである。※もちろん、現代の技術では不可能。 

 人間には、脳を中心として図に描かれるようなループ回路の集合体があり、そしてそこに流れる情報こそが精神−心なのである。
 脳は、ある部分がある機能を持つのではなく、ある部分とある部分のループ回路が機能を持つのである。従って、ある部分の破壊損傷の影響は、そこへのルートを持つループのすべてに及んでしまい、特定することはできない。 

 心を構成するループ回路は主に7種類に分類できる。 

一時記憶
 記憶した後、数ヶ月で失われるもの。主に海馬と側頭葉とのループ。
意味記憶
 言葉の記憶。主に側頭葉内部におけるループ。
エピソード記憶
 出来事の記憶。主に扁桃体と側頭葉のループ。
ライミング効果
 意識しない情報による記憶。感覚連合野での配線変化。
運動性記憶
 運動技術の記憶。小脳や大脳基底核での配線変化。
ワーキングメモリ
 作業記憶ともいう。前頭葉と感覚連合野とのループ。
感情記憶
 感情そのもの。扁桃体から前頭葉での配線変化。 

 記憶回路には、脳の内部でループとなるものと、環境との相互作用でのみループとなるものがある。この脳の内部のループこそ意識であり、環境とのループが無意識である。
 意識は脳内部の循環するループ回路の束であるから、その中心軸を仮定することができる。これが個人である。空間における中心軸こそが個人を決定するといえる。 

 ワーキングメモリは、コンピュータのメモリーと機能が似ている。一時記憶はハードディスク、エピソード記憶は外部メディアといえるだろう。
 このワーキングメモリで行われる作業が思考である。 

The Family Tree of Emotions

The Family Tree of Emotions


                                    urge/reaction/attitude/feeling                        
                             ┌────────────────── happiness                                      
                             │   ┌────────────── honor                                     
maternal instinct (kin selection)━━━━━┳━━┳━━━┷━━━┷━━━━━━━━━ love(love as in agape、friendship、fellowship、brotherhood、△respect、△worship、△attachment)          
                      ┃  ┃  ┌─────────────────── loneliness                                     
                      ┃  ┃  │ ┏━━━━━━━━━━━━ hate                                        
                      ┃  ┃  │ ┃ ┏━━━━━━━━━━ jealousy                                
                      ┃  ┗━━┷━┻━┻┳┳━ sadness (sorrow、grief、lament、mourn、distress                             
                      ┃          ┃┗━━━━━━━━ pity(compassion、miserable)                            
                      ┃          ┗━━━━━━━━━ guilt                         
survival instinct(natural selection)   ┃           ┏━ humor(funny)                                      
 ━┳━┳━┳━┳━━━━━━━━━━┳━━┻━━┳━━━━━━━━┻━━━━━━━━ interest(interesting、curious、attention、△beauty)  
  ┃ ┃ ┃ ┃          ┃     ┣━━┳━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ fun(enjoyment、pleasant、merry、cheerful)
  ┃ ┃ ┃ ┃          ┃     ┃  ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ boredom(dull)                                 
  ┃ ┃ ┃ ┃sex instinct(sexual selection)━┻━━━━━━━━━━━━━━━━━ infatuation(love as in eros)    
  ┃ ┃ ┃ ┣━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┳━━━━━━━ surprise(amaze、wonder、astonish)   
  ┃ ┃ ┃ ┃                      ┗━━━━━━━ confusion(perplex, bafflement)                                       
  ┃ ┃ ┃ ┃            ┌────────────────────────── frustration(impatient、irritate、annoying、discontent、dissatisafactionm) 
  ┃ ┃ ┗━━━━━━━━━━━━━━┷━━━━┳━┯━┯━┳━┳━ anger(rage、fury、△obsession、△persistence、△stubborn、△obstinate)   
  ┃ ┃   ┃                 ┃ │ │ ┃ ┗━━━━━━━━ contempt(scorn、disdain、slighting)
  ┃ ┃   ┃                 ┃ │ │ ┗━━━━━━ shame(embarrass、△pride、△boast)
  ┃ ┃   ┃                 ┃ │ └───── indignation(justice、resent)
  ┃ ┃   ┃                 ┃ └────────────── resentment(grudge)                                         
  ┃ ┃   ┃                 ┗━━━━┯━━━━━━━ frustration(mortification)
  ┃ ┃   ┃                      └──────────────── irritation(impatience)
  ┃ ┃   ┃            ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━ relief  
  ┃ ┗━━━┻━━━━━━━━━━━━┻━━━┯━━━━━━━━━┳━━━ fear(afraid、terrify、frightened、dread、horror、scare、△courage、△brave)                     
  ┃                      │         ┗━━━ awe(revere)
  ┃                      └────────────────────── anxiety(apprehension)
  ┗━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┯━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ repulsion(disgust、aversion、dislike、△ugliness)
                       └──────────────────────── depression、(gloomy)     
                                ┏━━━ embarrassment(shy、bashful、△modest、△humility)
                        ┏━━━━━┳━┻━━━ delight(glad、joy、ecstasy、rapture、exultation、rejoice、△nostalgic)                                    
                        ┃     ┗━━━━━━━━━━━━ gratitude(appreciation)                
           intellect─────┬───┸─────┬──┬────────────── hope(wish、△ambition、△aspiration、△yearn、△longing、△will)
                    │         │  └───────── envy
                    │         └───────────────── confidence(△sense of superiority、△insult、△indignity)                            
                    │           ┌─────────────── helplessness(despair、hopeless、△sense of inferiority、△regret)
                    └───────────┴────── disappointment(dismay、depress、discourage)                                   


感情の一覧表

感情の一覧表

感情名分岐形式発生状況誘引される行動表情(意味)状態 体  脳
a.愛
母性本能赤ん坊、自己と類似利他的行為笑顔(余裕)快感・弛緩・沈静
幸福評価愛の充足注意の解除笑顔(余裕)快感・弛緩・興奮
誇り評価集団への愛の認識行動の安定、加速笑顔(余裕)快感・緊張・興奮
淋しさ評価愛の不足行動の減速悲愴(救援)不快・弛緩・沈静
悲しみ喪失愛の対象の喪失喪失のアピール悲愴(救援)不快・弛緩・興奮
憎しみ状況他者による愛の対象の剥奪愛を奪った者への攻撃険悪(威嚇)不快・緊張・興奮
嫉妬予測他者が原因の愛の喪失の予測愛の対象への偽攻撃険悪(威嚇)不快・弛緩・興奮
哀れみ共感他者の悲しみの共感援助のアピール笑顔(余裕)−−・弛緩・興奮
罪悪感予測自己が原因の愛の喪失の予測償い行動悲愴(救援)不快・弛緩・沈静
b.興味
興味生存本能捕食技術に関連するもの近接と探索興奮(注目)快感・緊張・興奮
可笑しさ評価偽攻撃の傍観者の認識許容のアピール笑顔(余裕)快感・弛緩・興奮
楽しさ評価興味、恋の充足許容のアピール笑顔(余裕)快感・弛緩・興奮
倦怠感評価興味の不足行動の減速悲愴(救援)不快・弛緩・沈静
生殖本能幼児期の感情記憶近接と探索興奮(注目)快感・緊張・興奮
c.驚き
驚き状況運動、思考の瞬間的阻止防衛、探索興奮(注目)−−・緊張・興奮
当惑状況行動の必要な驚き思考悲愴(救援)不快・弛緩・興奮
d.怒り
怒り状況運動、思考の継続的阻止攻撃のアピール険悪(威嚇)不快・緊張・興奮
不平不満予測怒りの予測攻撃準備険悪(威嚇)不快・緊張・興奮
状況注意指摘の予測恥の回避赤面(葛藤)不快・緊張・興奮
軽蔑状況攻撃に値しない同胞への怒り偽の許容のアピール笑顔(余裕)不快・弛緩・沈静
憤り共感他者の怒りの共感攻撃の協力アピール険悪(威嚇)不快・緊張・興奮
恨み予測怒りの予測攻撃のアピール険悪(威嚇)不快・緊張・興奮
悔しさ状況自分自身への怒り対象以外への攻撃険悪(威嚇)不快・緊張・興奮
焦燥感予測悔しさの行動の加速険阻(拒絶)不快・緊張・興奮
e.恐怖
恐怖状況身の危険の認識逃走、防御、援助、混乱悲愴(救援)不快・緊張・興奮
安心喪失恐怖からの解放休息笑顔(余裕)快感・弛緩・沈静
畏怖状況逃避、抵抗不能な恐怖萎縮悲愴(救援)不快・弛緩・興奮
不安予測恐怖の予測注意の強化悲愴(救援)不快・緊張・興奮
f.嫌悪
嫌悪生存本能不潔、毒など忌避険阻(拒絶)不快・弛緩・興奮
憂鬱予測嫌悪の予測行動の減速悲愴(救援)不快・弛緩・沈静
g.希望
希望知性肯定的な予測行動の加速興奮(注目)快感・緊張・興奮
喜び状況希望達成能力のアピール笑顔(余裕)快感・緊張・興奮
感謝状況他者を経由した希望達成次回援助のアピール笑顔(余裕)快感・弛緩・興奮
照れ状況過剰な称賛能力の小ささアピール赤面(葛藤)快感・緊張・興奮
自信評価自己能力の高さの認識注意の解除笑顔(余裕)快感・弛緩・興奮
無力感評価自己能力の低さの認識行動の減速悲愴(救援)不快・弛緩・沈静
羨望共感他者の喜びの共感援助の要求興奮(注目)−−・弛緩・沈静
失望喪失希望の喪失反省悲愴(救援)不快・弛緩・沈静
 

a.衝動(瞬間的で相手に向かうもの)
 悲しみ・可笑しさ・怒り(▽侮辱)・憤り・照れ(▽謙遜)・喜び(▽懐かしさ)
b.反応(瞬間的で自分に向かうもの)
 驚き・恥・悔しさ・安心・当惑・恐怖・畏怖・失望
c.態度(持続的で相手に向かうもの)
 愛(▽尊敬・▽崇拝・▽愛着・▽責任感・▽勇気)・憎しみ・嫉妬・哀れみ・罪悪感・興味(▽美しさ・▽ユーモア・▽憧れ)・恋・軽蔑・恨み・嫌悪(▽醜さ)・感謝・羨望
d.気分(持続的で自分に向かうもの)
 幸福・誇り・淋しさ・楽しさ・倦怠感・不平不満(▽執着、▽頑固、▽意地っ張り)・焦燥感・憂鬱・不安・希望(▽勇気・▽野心・▽意志)・自信(▽優越感)・無力感(▽劣等感・▽せつなさ・▽後悔)

Q1.脳とはどんなものか?

脳は大きなあみだくじ

 現在、脳=心とする本もあります。脳が心のカギを握っているのは間違いありません。そこで、脳がどのようなものなのかを簡単に説明しましょう。
 脳のしくみを単純にイメージするなら、あみだくじのようなものだと思ってください。ずいぶん乱暴な意見だと思うかもしれませんが、基本的にはそう考えて十分なのです。もちろん、あみだくじよりずっと複雑です。脳とは、枝分かれしたり、合流したり、ぐるぐる回転して同じ所を通ったり、線の書き換えが起こる、ちょっと変わったルールをもったあみだくじの一種なのです。特大あみだくじなのです。
 一般に脳をコンピュータにたとえることが多いのですが、これはあまり適切ではありません。鳥を飛行機にたとえて理解しようするようなものなのです。ボーイング747を分解しても、スズメがなぜ飛べるかはわからないのです。
 あみだくじと脳には共通点が多くあります。
 
・あみだくじの線は一方通行で逆行できないが、脳の線であるニューロン(脳の神経細胞)もやはり一方通行である。
・あみだくじには、スタートとゴールがあるが、脳ではスタートが環境で、ゴールが行動となる。ただし、脳は複数の位置からスタートして、ゴールもその組み合わせで決められる。
・あみだくじではスタートが同じならゴールも同じになるが、脳もスタート位置の組み合わせが同じならゴールの位置の組み合わせも同じとなる。すなわち、環境と脳が同じときは、行動も同じになる。
 
 これが、脳を情報処理器官とする心理学の考え方です。ここで大事なことは、脳には必ず入力が必要であるということです。
 脳は入力された信号を処理して運動プログラムへと変換する、言い換えると、状況判断して行動するための装置なのです。
 また、その複雑さからイメージすると、パチンコにも似ています。パチンコ玉を打つのが五感からの入力で、大当たりが体を動かすこと、中のクギによる複雑な玉の動きやスロットの回転が脳の活動だと思うのもよいでしょう。

Q2.脳で何が起こっているか?

脳には信号が流れている

 現代は、脳の中の血流量の変化や電磁波をとらえる機械により、脳のはたらきかたがかなりわかっています。それらを少し見てみましょう。
 それは脳の内部でどのように信号が流れるのかということです。(図1、2参照)
 母親に「部屋を掃除しなさい」といわれ、あわてて部屋を掃除する子供の脳を想像してみましょう。
 母親の声が耳に入ります。その後、聴覚野→聴覚連合野扁桃体前頭前野→運動連合野→運動野と信号が流れます。
 このとき、聴覚野では音声が一定の長さに区切られて分析されます。聴覚連合野では意味に変化します。このとき音声を知覚します。扁桃体では感情──怖いというような感覚が起こります。前頭前野では掃除のためのだんどりが生まれます。運動連合野では掃除の動きが構成されます。運動野では筋肉への命令が作られ、筋肉が掃除をするという動きをすることになります。
 おなかがすいたので、冷蔵庫をあけて食べ物を探すという場合はどうでしょう。
 空腹感は血液の糖分の減少により始まります。内分泌系で、ここから視床下部へと入ります。視床下部扁桃体前頭前野→運動連合野→運動野のコースを信号が流れます。
 視床下部で空腹感が認知されます。扁桃体で食欲になります。前頭前野で冷蔵庫を探そうし、運動連合野で冷蔵庫の扉を開く動きのプログラムが組まれ、運動野から筋肉に伝えられて冷蔵庫をあけることになります。
 テストで問題を解こうとする場合はどうでしょう。難しい漢字「鮪」に読み仮名をふる問題です。
 テストはふつう紙に問題が書いてありますので、目から視覚野へと信号が入力されます。視覚野→視覚連合野→聴覚連合野前頭前野→聴覚連合野前頭前野……繰り返し……前頭前野→運動連合野→運動野→筋肉のコースを信号が流れます。
 視覚連合野で漢字が認識されます。聴覚連合野で読みの音に変換されます。前頭前野を通って聴覚連合野に戻ると、音がまた新しいものに変わります。ここで何回も循環します。これは、読みが難しいのでいろいろな読みを考えている様子を示しています。「ゆう?」「あり?」「ふな?」というようにです。最後に、聴覚連合野で「まぐろ」と考えると、前頭前野が決定し、運動連合野がそのひらかなを書く動きのプログラムを組みます。最後に、運動野から筋肉に伝えられ、テストに「まぐろ」という文字が書き込まれることになります。
 われわれの思考は多く言葉です。頭の中でみずからの声を聞きながら考えるのがふつうです。
 ですから、先ほど鮪(まぐろ)の読みを考えたときと同じことが起こります。言葉でものを考えるとは、聴覚連合野前頭前野というコースを信号を往復することです。
 信号を送るニューロンは一方通行ですから、往復するには、行きと帰りのコースが別々に必要となります。ですから、聴覚連合野前頭前野にはループがあって信号を循環させていることになります。
 そのループは一本のループではありません。束だと思ってください。たくさんの輪ゴムの束のようなものと思うとよいでしょう。ただし、枝分かれなどがあるところが少し違います。
 この本では、これ以降もループという表現が出て来ますが、それらもすべて一本ではなく束のループですので注意してください。
 このループに、視聴覚などの新たな信号を追加して、循環させながら信号を変化させることが考えるということなのです。
 また、空間的に考えるというのもあります。先天的に聴覚が完全に障害されている人の場合、手話による映像イメージで考えることになります。空間の認識は聴覚連合野のやや上にあたる頭頂連合野で行われるので、頭頂連合野前頭前野であると考えられます。
 もちろん、目の見える人も空間で考えることがあります。映像を思い浮かべるというのが、空間思考です。頭の中で展開する映画のようなものといえます。頭頂連合野がスクリーンで、前頭前野が映写機だと思うとよいでしょう。
 ヘレン・ケラーは視覚と聴覚がともに障害されていました。いったい、どのようにしてものを考えることができたのでしょう。
 彼女は目は見えませんでしたが、空間思考することができました。というのも、人間の体の筋肉から、体の位置の感覚が送られてきて、自分の体がどのような姿勢なのかを知ることができるからです。これを使うと、ものをよく触ることにより空間をイメージすることができるのです。
 わたしたちもこれはできます。目をつぶっていても、手を細かく動かしてその輪郭をたどることにより形がわかるのです。
 こうした、脳の各部分による情報の循環が考えるということなのです。

Q3.脳を解く重要ポイントは?

コンピュータとの違いこそ鍵

 脳がどのように記憶するかを考えてみましょう。
 記憶はとても大切なものです。もしも子供のころの思い出がなければ人生は寂しいものですし、学校の勉強では記憶する難しさをたっぷりと感じさせられます。どうすれば、よく記憶できるのか?これを理解するには、もちろん記憶とは何かを知る必要があります。
 記憶には不思議なところがあります。コンピュータではとてもありえそうにない特性があるのです。そこで、コンピュータのメモリではありえない、記憶の特性について考えてみましょう。
 思い出せそうなのに思い出せず、答えを教えてもらうと思い出すことができることがあります。このとき、三択にして答えを提示すれば、ほぼ確実に答えられます。三択の方が回答率のよいコンピュータというのはなさそうです。見れば思い出すコンピュータなどもなさそうです。
 覚えやすいことと覚えにくいことがあります。コンピュータならどれでも同じでしょう。
 忘れようとして忘れることができません。コンピュータは消去したらもう取り出せないし、消去できないということもありません。また、いつの間にか忘れてしまうということもありません。
 人間の記憶のシステムは、フロッピーディスクやメモとはまったく異なっているのです。そして、その違いの中にこそ記憶の正体があるのです。