Q95.心はどんな形か?

A.心には中心軸と密度がある

 心はどこにあるのでしょうか? 脳にある、そう言い切ってよいのでしょうか?
 脳と心の関係は野球場と野球のようなものです。野球はどこにあるかと問うのは意味がないように、心がどこにあるかを問うのは不自然です。野球は、野球場で人間がプレイするものであり、観戦するものです。物質として存在するものではなく、動きのある作用として存在するものです。心もまた、脳で作用する存在です。
 しかし、物質として存在していなくとも、どこに中心があるかは表現できます。心ならば、脳に中心があるということができます。
 心とは、情報の循環です。それは波ですから、それは人体の内部にだけとか、脳にだけあるとするのは正しくないのです。
 人間は手や足がなくとも心を失うことはありません。さらに心臓を失ってもかわりがあれば心を失うことにならない。しかし、まったく何の影響も受けないとはいえません。心の重要な要素である性格に影響を及ぼすでしょう。
 脳を失うとどうでしょうか。脳をすべて失うと人間は死にます。すなわち、脳は心にとって極めて重要です。
 脳細胞の内の一つが死ぬとどうでしょう。おそらく何の影響もない。実際、毎日かなりの数の脳細胞が死んでいるのです。
 ここで一人を男性を想定してみましょう。彼は交通事故で左腕を失ったとします。それは彼に大きなショックを与えたがいまは立ち直り、元の生活をしているとします。心に与える影響は、腕を一本失うよりは脳細胞一つの方が少ないといえるでしょう。すなわち、脳細胞一つより腕の方が心の大きな部分を占めているのです。だだし、体積当たりの影響力はもちろん脳細胞のほうが大きいですが。
 彼はその後、失恋する。彼は恋人を失ったショックですさんだ生活になり立ち直らなかったとします。すると、その恋人の存在が心に与える影響は、腕を一本失うよりもさらに大きかったことになります。その恋人は、生命として見れば別の個体であるのにです。
 実は彼は天文学者です。彼はボイジャー探査機による木星の衛星イオの火山を見て感動し、天文学者になったのです。木星の衛星イオの、彼の心に与えた影響は腕一本よりは大きく恋人よりは少ないといえるでしょう。
 心には密度があることがわかります。その密度は脳において最大で、一般に身の回りから遠くなれば、その密度は低下します。人間関係の複雑な人類においては、他の人間は密度の大きな存在となります。
 台風や竜巻と同じなのです。中心はありますが、その範囲には明確な境界線はなく、なだらかに広がっているのです。
 それでも人間の外に心が広がっていると考えるのに抵抗があるかもしれません。しかし、スポーツ選手を考えてください。スポーツ選手の運動能力は、運動性記憶ですから行為のループの強化によって作られています。行為のループが心でなければ、優れた打者の打撃技術もその人の心ではないということになってしまいます。
 また感情も生命意識です。感情が心でないとは考えられません。心理学は心の学問ですが、生命意識である感情記憶、運動性記憶、プライミング効果なども記載されています。
 心は広がりをもっている。心は、宇宙に無限に広がることも可能である。