Q17.モノの名前とは何か?

A.モノの名前とは行動のための分類

 こうした組み合わせになってはじめて明解な意味を持つことがわかります。自動詞以外は、完全な意味を持つ文の破片であり、不完全な意味しか持たないということ、単語には意味の完全性の度合いがあることがわかるわけです。
 こうした品詞の構造には脳の構造との対応があります。脳というのは、環境情報を分類して行動へと変化させる装置です。その経路における作用と品詞には対応があるのです。
 脳の信号の基本ルートの一つに、感覚野⇒感覚連合野扁桃体前頭前野⇒運動連合野⇒運動野があります。そして、それにたいして、名詞⇒形容詞⇒感情動詞⇒副詞⇒行為動詞の組み合わせを考えます。すると、名詞は感覚連合野に、形容詞も感覚連合野だが扁桃体近くに、感情動詞は扁桃体に、副詞は大脳基底核に、行為動詞は前頭前野と対応すると考えられるのです。
 他にも、神経心理学の研究から日本語の助詞や英語の前置詞はブローカ野に関係することがわかっています。
 名詞が感覚連合野と関連することについては、失語症や健忘症の研究から明白です。感覚連合野は、モノの弁別などにも関係します。
 脳は、まず環境情報を分類し行動へと変化させるわけですが、その分類の部分と名詞に対応があります。名詞が示す対象とは、行動のための分類のことなのです。
 そのため、語彙の分類の細かさは、その言語世界における必要性に応じて異なります。日本語では魚扁の漢字がたくさんあることでわかるように、魚の種類がたくさん分類されています。これは、それぞれに違った捕り方や調理法があるからです。フランス語などでは、肉の部分の名前が細かく分かれています。イヌイットがたくさんの雪の種類を示す言葉を持っていることは有名です。これらはすべて、その言語の使われる世界では、それらを違った行動へと結びつける必要があるために細かく名詞が分かれているのです。対象といっても具体的に何かを指すのではなく、あくまでも分類と区別の体系であること、これが名詞の特徴なのです。
 意味について考察したものを読むと、その多くは名詞が単純であるという誤解に基づいているようです。しかし、名詞よりもより本質的なのが動詞、特に自動詞です。
 たとえば、「鋏」という言葉について考えます。これを定義するのに対象を指し示すだけではだめです。見た目が同じ形をしていても動かない構造をしていては「鋏」ではありません。切る動きができなければ、
「こんなの鋏じゃない!」
 と、それを投げ捨ててしまうでしょう。「鋏」を定義するには「切る」という言葉を使わなくてはならないのです。となると、「鋏」は既に「切る」という意味の上に積み上げられたものであることがわかります。名詞は動詞よりも情報量が大きいのです。名詞の示す対象は分類であって、それ自体ではないのです。
 一般に生まれやすい勘違いが、固有名詞が最も単純で、次に名詞、そして動詞はもっと複雑という考えです。実際には、一番簡単なのは動詞、特に自動詞で、次に名詞、固有名詞と全く逆の順序です。
 固有名詞、例えば「アインシュタイン」について考えると、本人を指しているのだから簡単というのは浅はかです。「アインシュタイン」には、その本人にまつわるあらゆる情報が含まれています。生没年から、20世紀を代表する天才、あの舌を出したポーズなどなど、アインシュタインに関連する行為は限りなくあり、そうした行為の集合体としてアインシュタインという言葉の意味があります。ある人を「平成のアインシュタイン」と呼べば驚異的天才の意味で使うわけです。固有名詞が数え切れないほど多数の行為による複雑な構成概念であることがわかります。
 行為と対応するのは命令形にすることが可能な文だけです。一語文が可能な自動詞を除いて、単語にはそれ自体と対応するものはなく、その行為へと導く分類のみがあります。