Q8.運動性記憶とは何か?

【運動性記憶】エラー消去方式の線の記憶

 運動性記憶は、ピアノを弾く、自転車に乗る、ワープロを打つなど、体を動かし方を覚えることです。反射的な、いわゆる体で覚えるというものに相当します。
 運動性記憶は、試行錯誤により作られる訓練の記憶といえます。
 脳の変化を説明しましょう。感覚器官からの入力にたいして、とりあえず何らかの反応を示します。もし、それが正しければ──その行動によって快感が生まれれば、そのルートが強化されて流れやすくなり、間違い──不快を感じると弱められて流れにくくなります。このようにして正しい動きを身につけるようになります。
 こうしたルートは小脳、運動連合野大脳基底核にあります。小脳には、他の部分とは少し異なるシステムがあります。失敗したとき、使われたルートを逆上り、間違ったルートを弱めるための細胞があるのです。
 そのため、運動性記憶はなんども繰り返す必要があります。しかも、間違うことが必要です。間違ったことに恥ずかしさなどを感じて、その失敗を一つ一つつぶしていかなければなりません。体育会系のクラブが、かつてスパルタ式が多かったのは、この運動性記憶の原理に近いからでしょう。
 運動性記憶の特徴は、一度覚えるとその後はほとんど忘れることはないことです。あらゆる記憶の中で最も忘却されにくいのです。自転車に乗れるようになった人が、乗り方を忘れることなどはないわけです。
 運動性記憶は、脳の中ではループでなく、線の変換として存在します。そして、実際に記憶を引き出すべき環境に当てはまると、環境と組合わさったループが完成し、記憶がよみがえるようにできています。だから、自転車の乗り方を言葉で表現できなくとも、自転車に乗れば思い出すことができるし、ピアノの弾き方もピアノを前にすれば思い出すことができるのです。
 漢字の筆記も運動性記憶が含まれています。そのため、頭の中で思い出すことのできない漢字が、鉛筆をもってみると書くことができる場合があります。
 小脳は、実際の運動だけでなく、運動のイメージだけでも活動します。運動のメンタルトレーニングなどは小脳なのです。
 また、言語にも活躍します。複雑な文法や動詞などをイメージすると小脳が活動するのです。
 このことは、文法というのは正しい言い方を覚えるというより間違った言い方を消去すること、を意味します。
 思い浮かべてください。日常の会話で、誰かが変な言い方をするとすぐに気が付きますが、正しい言い方のときは何も感じません。間違った言い方を間違っていると感じるから、間違いを回避できるのです。
 外国語の学習では、よく間違うこと自体が必要なのです。日本人は、よく考えて間違わないように外国語を話そうとしますが、これでは上達しません。何も考えずに思いつくまま話して訂正されることが必要なのです。
 逆説的ですが、どうすれば効率良くたくさん間違えることのできる環境を作ることができるかが上達の条件となります。
 実際、授業で問題が出たとき、絶対の自信の解答を提出したり発言するより、自信のない間違っているような気がすることを出す方がよい考えです。
 なぜなら、絶対に自信のある答えを出して正解だったとしても自分の知識に付け加えられるものはありません。しかし、自信のない答えを出して不正解なら、訂正されることにより新しい知識が得られるのです。正解でも、それが間違いない正解であると確定させることができます。