Q7.意味記憶とは何か?

意味記憶】大脳皮質の単ループの記憶

 長期記憶のもう一つが意味記憶です。
 意味記憶とは、物とその名称などの組み合わせの記憶です。最も記憶らしい記憶といえるでしょう。いつ覚えたのか思い出せないが、知識として知っているものです。
 この意味記憶こそ、多くの人がもっと強くしたいと願うものでしょう。効率よく意味記憶できれば、勉強や仕事がどれほどはかどることでしょうか。ここからは、その重要なテーマに関連したことが続きますからお見逃しなきよう。
 どんな意味記憶も、最初はエピソード記憶として始まります。新しい英単語を覚えたときも、覚えた五分後ではまだエピソード記憶として、どんなふうに暗記したか思い出せるでしょう。その後、これらは反復することにより記憶が強化されます。
 弱いエピソード記憶が、その一部分を反復することにより共通性のない部分が失われ、意味記憶へと変化するのです。
 ですから、エピソード記憶意味記憶ははっきりと区別できるものではなく、その中間的なものも存在します。この他、感情記憶とエピソード記憶、一時記憶とエピソード記憶、一時記憶と意味記憶などの間には明快な境界線はありません。それは、次に述べる長期記憶の形成のしくみに理由があります。
 こうしたエピソード記憶意味記憶はどのようにして、海馬から連合野へと移動するのでしょうか。
 それには、記憶を失うとどうなるのかがヒントをくれます。
 記憶喪失になると、数年前から現在までの記憶が失われることがあります。そのときにより幅があります。一年のときもあれば三年のときもあるし、一週間のこともあるようです。いずれも事故の時点から逆上って記憶を失うのであって、むかしの記憶だけ忘れたとか、最近と子供時分は覚えているが四〜六年前の記憶だけ失うとか、そういうようなことは起こりません。
 そして、回復するときも、記憶は古いものから順に回復する傾向があります。これは不思議なことです。人の記憶の全体平均を考えれば、新しいものの方が強いはずなのです。古くて弱った記憶が、新しくて強い記憶より先に回復するのです。
 また、老人になると、むかしのことはよく覚えているのに最近のことは忘れるようになります。
 これらのことは、記憶にはなんらかの形で時間が識別できるようになっていることを示しています。
 記憶をメモのようなものと考えましょう。机の上に乱雑に積み上げられたメモ。そのメモを書いたのがいつかわかるように整理するには、どんな方法があるでしょうか。
 それは、二つ考えられます。メモの中に日付を記録しておくか、メモを時間別に並べて保存するかです。
 日付を記録する方法だと、記憶喪失のとき、そのほとんどが時間に関係なくでたらめに失われるはずで事実と合致しません。
 記憶の時間勾配については、新しい記憶は結合が弱く、時間とともに強くなっていくと考える説があります。古い記憶は強くなっているので、失われると考えるわけです。しかしこれだと、「古くて弱い記憶」と「新しくて印象的な記憶」の区別ができません。また、ニューロン結合の強化に数年もかかるというのはかなり不自然です。後に述べる、同じく大脳皮質の記憶であるプライミングは、一瞬で記憶が成立し、期間は数年に及ぶのですから。
 すなわち、脳にはそもそも強度とは別に時間がコードされていなくてはおかしいのです。
 方法はひとつしかありません。時間別に並べられていると考えるよりないのです。脳の中で、最近の記憶の隣にそれより少し前の記憶があり、その隣にはそれ以前のものが、一番遠くには最も古いものがあるとしなければなりません。
 一時記憶は海馬にあることがわかっています。子供のころの古い記憶などは大脳新皮質にあります。時間別に並べられているのなら、その途中のものはその間の部分にあると考えられます。一つの記憶は時間とともに古いものになっていきます。海馬から大脳新皮質へと少しずつ移動していくのです。海馬は脳の奥にあり、大脳新皮質は脳の外側ですから、古い記憶は外側──脳の表面に、新しい記憶は中心部奥深くにあることになります。
 どのようにすれば、このように記憶を並べることができるでしょうか。
 海馬が他の部分とどのように結び付いているかを見てみましょう。図2を参照してください。感覚連合野と海馬にはループがあって循環しています。そして、海馬のニューロンは、一度信号が流れると、シナプスの信号を送り出す効率がよくなり、信号が強くなります。
 そこで考えられるのが次のようなシステムです。海馬へ信号を送るニューロンは、その信号の流れやすさを軸索(ニューロンが信号を送り出す触手のようなもの)先に延ばしてコースを短縮して、構造的な流れやすさに変換するということです。それは、ニューロンが、信号を送る次のニューロンの体をつたって伸びていくのです。ただし、軸索ではなく樹状突起(軸索の反対側で、軸索がひっつく所)の方が伸びるか、あるいはその両方の可能性もあります。
 ニューロンは、細胞体から遠い部分からの入力の影響が弱く、細胞体に近ければそれだけ影響が強くなっています。最も強いのは軸索の先端です。簡単にいうと、信号の出口に近いほど信号も強くなるのです。だから、手さぐりするようにつたって行けば、自然に信号の流れやすさに変換できるのです。
 このようにして、化学的な信号の流れやすさを、配線による信号の流れやすさに変換する。結果として、コースが少しずつショートカットされていき、ついには、海馬抜きで感覚連合野同士の連結になるまで移動していく。海馬−感覚連合野の大きなループが、感覚連合野−感覚連合野の小さなループへと縮むわけです。
 当然、記憶するたびに海馬へ結びつくニューロンが減ってしまいます。しかし、海馬には細胞分裂ができる神経幹細胞があり、ニューロンが補充されます。また、移動に失敗すると軸索をひっこめて元の位置に戻るものもあり、それが忘れるということです。
 連合野ニューロンは、なぜ次のニューロンをとばして、その次のニューロンに触手をのばそうとするのでしょう。
 連合野ニューロンは、信号が一周して戻ってくるように結ばれています。次のニューロンをとばして結びつくと輪が小さくなるので、信号がすぐに自分に戻ってくるようになります。ニューロンは信号を受け取ったり送ったりすることにより栄養を得ていますので、輪を小さくすると次のニューロンの栄養分を横取りすることになります。この栄養の独占行為が、長期記憶、意味記憶をつくるのです。ニューロン同士が自然淘汰のような原理で競争しているのです。ニューロンの闘いが記憶を作るのです。
 大事なことは、ニューロンの軸索は枝分かれしているので、一つのニューロンと一つのニューロンの間にも多数のコースがあるということです。自然淘汰の原理で、最も使用されないコースは除去され、その枝部分は別な部分を探してコースを作る。すると、ニューロンの情報伝達は出力に近いほど強いのですから、自然にループを縮小するように構造を変化させることとなります。
 数年もかけて海馬から皮質へと移動するのですから、極めてゆっくりとした変化です。脳の発達は植物を育てているようなものといえるでしょう。水や栄養に相当するのが信号といえるのです。
 このため、一時記憶が長期記憶に変化するのに必要な時間は脳の大きさで異なります。海馬の障害による逆向性健忘――すなわち記憶喪失の期間は、ラットで二週間、サルで一カ月、人類では半年から数年と、脳が大きくなるほど長くなるのです。