Q86.脳は交換可能か?

A.物質を全交換しても心は変わらない

 ここではズバリ心とは何か説明したいと思います。
 まず、少なくとも人間には心があるということです。人間にないものなら、わざわざ考えることもないのです。これは考えるための最低限の定義です。そして、心を考えるとき、自分の心ではなく、他の人間の心をイメージしてください。これも重要です。これにより心が心を理解しようとするパラドックスを避けることができるのです。
 もちろん、他の人間にどうして心があるとわかるのかという人もいるでしょう。しかし、わたしから見るとあなた──読者は他人であり、読者は心のないカラクリ人形かもしれないと仮定することになります。読者に心があるか、すなわち、あなたは自分に心があるかをわたしが考察する必要があると思いますか?
 心という言葉は最初から、他者に対して使われる言葉なのです。
 さて、ある人間を構成する物質は、食物の摂取と排出により逐次交替しています。一年間にはその九〇%以上が入れ替わってしまいます。脳でも、ニューロンそのものは交替しないものの、物質は次々と入れ替わっています。この物質の入れ替えをもっと意図的に行えばどうなるか考えてみましょう。
 遠い未来についての想像です。その未来では、ついに人間を構成するものとまったく同じはたらきをする物質を開発に成功したのです。ニューロンには、人工ニューロンとでも呼ぶべきものができたのです。
 その人工ニューロンによって、体の端から一つずつ丁寧に交換していくとどうなるでしょうか。もちろん、神経細胞以外も人工のものと交換したと考えてかまいません。脳の一部が人工ニューロンに交換されたとき、半分交換されたとき、全部交換されたときを想像してください。
 人間の活動はニューロンの情報伝達に依存しています。その情報の伝達は感覚器官から脳をへて運動器官への情報の流れです。
 人工ニューロン神経細胞と同じはたらきですから、情報の流れはまったく同じままです。その人間の行動は運動野からの情報によっているのですから、情報が同じである以上、その行動になんら影響がでないでしょう。心は神経細胞がなくなってもそのままということになります。
 交換のとき一瞬だけ情報が途切れるかもしれません。しかし、それが少しならば影響はないでしょう。人間は一日当たりおよそ十万ものニューロンが失われていると推定されています。それに比べればたいしたことではないのです。
 人工ニューロンの増加とももに、新しい何かにのっとられて、全部交換したときには心は消滅するでしょうか。
 それも考えられません。半分交換したとき、半分だけ人工ニューロンですが、その人工ニューロンの能力がニューロンと同じである以上、心はそのままなのです。二重人格のようになりようがないのです。義手、義足、人工心臓に交換するのと同じことなのです。
 心の発生は進化の中の出来事です。したがって、心の発生には生命が不可欠である可能性は高いでしょう。しかし、人工ニューロンがあれば、心の維持に生命が不可欠とはいえないことになります。また、その人工ニューロンといえども交換可能ですから、心には物質的な固定的な基盤は不要といえます。