Q2.脳で何が起こっているか?

脳には信号が流れている

 現代は、脳の中の血流量の変化や電磁波をとらえる機械により、脳のはたらきかたがかなりわかっています。それらを少し見てみましょう。
 それは脳の内部でどのように信号が流れるのかということです。(図1、2参照)
 母親に「部屋を掃除しなさい」といわれ、あわてて部屋を掃除する子供の脳を想像してみましょう。
 母親の声が耳に入ります。その後、聴覚野→聴覚連合野扁桃体前頭前野→運動連合野→運動野と信号が流れます。
 このとき、聴覚野では音声が一定の長さに区切られて分析されます。聴覚連合野では意味に変化します。このとき音声を知覚します。扁桃体では感情──怖いというような感覚が起こります。前頭前野では掃除のためのだんどりが生まれます。運動連合野では掃除の動きが構成されます。運動野では筋肉への命令が作られ、筋肉が掃除をするという動きをすることになります。
 おなかがすいたので、冷蔵庫をあけて食べ物を探すという場合はどうでしょう。
 空腹感は血液の糖分の減少により始まります。内分泌系で、ここから視床下部へと入ります。視床下部扁桃体前頭前野→運動連合野→運動野のコースを信号が流れます。
 視床下部で空腹感が認知されます。扁桃体で食欲になります。前頭前野で冷蔵庫を探そうし、運動連合野で冷蔵庫の扉を開く動きのプログラムが組まれ、運動野から筋肉に伝えられて冷蔵庫をあけることになります。
 テストで問題を解こうとする場合はどうでしょう。難しい漢字「鮪」に読み仮名をふる問題です。
 テストはふつう紙に問題が書いてありますので、目から視覚野へと信号が入力されます。視覚野→視覚連合野→聴覚連合野前頭前野→聴覚連合野前頭前野……繰り返し……前頭前野→運動連合野→運動野→筋肉のコースを信号が流れます。
 視覚連合野で漢字が認識されます。聴覚連合野で読みの音に変換されます。前頭前野を通って聴覚連合野に戻ると、音がまた新しいものに変わります。ここで何回も循環します。これは、読みが難しいのでいろいろな読みを考えている様子を示しています。「ゆう?」「あり?」「ふな?」というようにです。最後に、聴覚連合野で「まぐろ」と考えると、前頭前野が決定し、運動連合野がそのひらかなを書く動きのプログラムを組みます。最後に、運動野から筋肉に伝えられ、テストに「まぐろ」という文字が書き込まれることになります。
 われわれの思考は多く言葉です。頭の中でみずからの声を聞きながら考えるのがふつうです。
 ですから、先ほど鮪(まぐろ)の読みを考えたときと同じことが起こります。言葉でものを考えるとは、聴覚連合野前頭前野というコースを信号を往復することです。
 信号を送るニューロンは一方通行ですから、往復するには、行きと帰りのコースが別々に必要となります。ですから、聴覚連合野前頭前野にはループがあって信号を循環させていることになります。
 そのループは一本のループではありません。束だと思ってください。たくさんの輪ゴムの束のようなものと思うとよいでしょう。ただし、枝分かれなどがあるところが少し違います。
 この本では、これ以降もループという表現が出て来ますが、それらもすべて一本ではなく束のループですので注意してください。
 このループに、視聴覚などの新たな信号を追加して、循環させながら信号を変化させることが考えるということなのです。
 また、空間的に考えるというのもあります。先天的に聴覚が完全に障害されている人の場合、手話による映像イメージで考えることになります。空間の認識は聴覚連合野のやや上にあたる頭頂連合野で行われるので、頭頂連合野前頭前野であると考えられます。
 もちろん、目の見える人も空間で考えることがあります。映像を思い浮かべるというのが、空間思考です。頭の中で展開する映画のようなものといえます。頭頂連合野がスクリーンで、前頭前野が映写機だと思うとよいでしょう。
 ヘレン・ケラーは視覚と聴覚がともに障害されていました。いったい、どのようにしてものを考えることができたのでしょう。
 彼女は目は見えませんでしたが、空間思考することができました。というのも、人間の体の筋肉から、体の位置の感覚が送られてきて、自分の体がどのような姿勢なのかを知ることができるからです。これを使うと、ものをよく触ることにより空間をイメージすることができるのです。
 わたしたちもこれはできます。目をつぶっていても、手を細かく動かしてその輪郭をたどることにより形がわかるのです。
 こうした、脳の各部分による情報の循環が考えるということなのです。