Q21.【ワーキングメモリ】とは何か?

A.ニューロンの発火状態の維持と操作

 記憶システムの6つ目がワーキングメモリです。
 ワーキングメモリは、三〇秒程度で失われる短時間の記憶です。たとえば、人に電話番号を教えられてその番号に電話するとき、かけるまで数字を覚えていなければなりません。この短い記憶がワーキングメモリです。暗唱したりすることにより時間を延ばすことができます。
 脳の情報の基本ルートは、感覚器官⇒感覚野⇒感覚連合野前頭前野⇒運動連合野⇒運動野⇒運動器官です。このうち、前頭前野から感覚連合野、運動連合野から前頭前野へは逆行するルートがあります。この逆行ルートのニューロンの興奮を維持することにより、感覚を再入力し続けることがワーキングメモリなのです。
 ふつうニューロンには、オート・レセプター──過剰な発火が続くことを抑えるしくみがあります。ワーキングメモリのルートである前頭前野、側頭連合野には、オートレセプターがないニューロンがあり、興奮状態が長時間維持できるのです。
 ワーキングメモリとエピソード記憶意味記憶との関係は、ちょうどコンピュータのハードディスクとメモリの関係に似ています。電源を切ってもハードディスクの情報はそのままですが、メモリの情報は失われます。人間のワーキングメモリも注意を解放すると失われるものです。
 ワーキングメモリを損傷すると、注意力が失われ、性格が気まぐれになり、統一のある行動ができなくなります。そのため、ワーキングメモリ(作業記憶)でなく、作業注意であるということもできます。ワーキングメモリは、正しくは記憶ではないというべきであり、この言葉の提唱者も不適切さを認めています。
 すなわち、記憶ではなく、情報の一時保留装置であるというのが正しいのです。この本では、他の記憶との差を表現するため、カタカナでワーキングメモリと呼ぶことにしました。
 動物の知能の測定の実験に、空中につるされたバナナをサルが取ることができるかというものがあります。バナナは手を伸ばすだけでは取ることはできない高さにありますが、箱をもってきてその上に乗ると手が届きます。類人猿(オランウータン、ゴリラ、チンパンジーボノボ、人類などで、尻尾のない大きな猿)ではこうしたことが可能ですが、その他の動物ではできません。
 それは、バナナを取る、箱に乗るという二つの事柄を保留できなければ、バナナを取ることはできないからです。これこそワーキングメモリの強さの差なのです。ワーキングメモリは知能そのものといえます。
 人類のワーキングメモリは4前後です。すなわちループを4つ同時に維持できるのです。それに対し類人猿のワーキングメモリは2つぐらいと考えられます。
 その他の動物は、ワーキングメモリは1つあるかないかです。そのために、犬や猫をしつける場合には、その場ですぐ叱ったり褒めたりしなければならないのです。間を置くとワーキングメモリが書き換えられてしまい、なぜほめられたのかしかられたのか理解できないのです。
 人類は、他の動物と前頭前野の大きさが異なり、それが人類と他の動物の差であると考えられています。ということは、ワーキングメモリの容量の差が、人類と他の動物の違いの重要な要素といえます。
 ワーキングメモリの容量は4前後といいましたが、かつては7前後であるといわれていました。ワーキングメモリの回路には、音や視覚があり右脳や左脳に分かれていますので、それらの組み合わせ次第で数が増えるのです。そのため、音楽を聞きながら勉強したり、おしゃべりしながら車の運転をすることができるのです。